znanievsem

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znanievsemとの約束

七瀬がそう繰り返しながら優しい歌声をトンネルに響かせていると、
けたたましいエンジン音を鳴らせて一台の大型バイクがトンネルの中に入ってきた。

ブルーパールだ。歩道に乗り上げてバイクを止めると、背負っていた大きな赤色のリュックから紙袋を取り出し、
中からアメリカ製のいろんな種類の洗剤を地面に広げ始めた。その様子を見て七瀬が言った。

「こりゃすげー。なんだか毒薬みたいなパッケージだな。」

七瀬は真っ黒のボトルを手に取り裏に表示された成分を読もうとしている。

「おう、それは何でも溶かすから。試しに頭にでもつけてみれば。」

ブルーパールは生意気そうに笑ってそう言った。そして横に立っている私にお辞儀をして挨拶した。

「サンタマリア、久しぶり。入学おめでとう。」

「どうもありがとう。フロリダはどうだった?」

「最高。飛行機に十四時間、トイレで吐きっぱなし。途中のミネアポリスの乗換えでもうろうとして医務室に運ばれそうになった。」

「そりゃ良い旅だったね。酔いやすいんだ。」

私が気の毒そうな顔をすると、ブルーパールは苦笑いしながら言った。

「いや、いつもは酔わないんだけど。
たまたま隣の席になった白人のばあちゃんが変なローズミントのキャンディー舐めててさ。
その甘ったるいにおいのせいで気持ち悪くなった。

それで俺が気分が悪いって気づいたのかそのばあちゃん、
俺にそのキャンディーを勧めてきてさ。これ舐めれば良くなるわよって。優しい顔した殺人鬼だよ。ホント。」

私がくすくすと笑っていると七瀬が言った。

「そういうときは備え付けの酸素マスクをつけるんだよ。非常事態なんだから。」

それを聞いてブルーパールは大声で笑った。

「確かに、非常事態だった。これからはそうするよ。」

効きそうな洗剤も揃ったところで私たちは手当たりしだい原液のまま壁にかけてその効力を試した。
結局、七瀬が最初に手にした黒のボトルのものが一番洗浄力が強かったので、水で少し薄めて壁全体にかけていった。

今までへらで地道に作業していたのは何だったのだろうと思わせるくらい力を入れなくてもガムを除去できた。
ブルーパールが持ってきた専用のスポンジを小さく切って三人で壁を擦っていった。
しばらく黙々と作業していると手が溶け出したといって七瀬は近くの公園へ新しい水を汲みに行ってしまった。

「アメリカに行ったことあるんでしょ?七瀬から聞いた。」

とブルーパールが私に訊ねた。

「うん。カリフォルニアのモントレーって町。サンフランシスコから車で二時間くらいかな。」

「へえ。カリフォルニアか。俺はロスに住んでたことがある。現地の中学に通ってた。」

「そうなの。楽しかった?」

「さあ、それはどうだろ。ことばが分かんなくて、最初はものすごく大変だった。

差別はされなかったけど、はじめはほとんどみんなからしかとされたぜ。あいつは口が利けないって。
でもさ、しばらくしたら仲良くしてくれた。確か、ジミー・ヘンドリックスのTシャツ着てたらギター弾くのかって訊かれて。」

「よかったね。そのTシャツ着てて。アメリカの若い子って何かとロックとかヒップホップ好きだよね。ノリもいいし。」

「そうそう。野外ライブとかでみんなラリってさ。はじめから救急車が待機してるんだ。」

そう言うとブルーパールはジミー・ヘンドリックスのギターパフォーマンスを真似し始めた。
どうやら彼は一人の世界に入ってしまったようだった。そして興奮した彼はこの世にある汚いことば思いつくまま大声で叫んだ。
あまりの過激さに私はその様子を呆然と眺めていたのだが、
なんだかとても楽しそうに見えてきたので、気がつくと彼が放送禁止用語を叫ぶ度に私も後に続いて叫んだ。

私ははじめ、みんなが七瀬のことを真似しているのだと思っていたけど、どうやら七瀬が他の三人の真似をしている部分もあることに気づいた。

「おう、なんだ。ヒートしてんな。」

ブルーパールと私が最後に叫んだ「アスホール(asshole)(くそったれ)」ということばがトンネル内にエコーしているところに七瀬が戻ってきた。
コンビニでゴム手袋を購入したようで、私たちにもつけるようと手渡した。もう昼すぎで身体がだるくなっていたので私は嘆くように言った。

「ねえ、一休みしようよ。うちおいでよ。クーラーがんがんにいれて。」

すると、ブルーパールが言った。

「俺、今から塾。夏期講習ってやつ。あとちょっとしたら行かないと。」

「そう。じゃあまた。七瀬はどうする?おいでよ。」

「いいけど、おまえんち今日誰かいる?」

「弟がいる。」

「そうか、なら行く。久々だな。お前の弟に会うの。名前なんだっけ?」

「友紀。小学三年生だよ。七瀬が最後にあったのは幼稚園のときじゃないかな。」

「たぶん俺のこと忘れてるな。」

「かもね。」

ブルーパールに別れをいって私と七瀬は家に向かった。家に着くとリビングで友紀がテレビゲームをしていた。

「よう、友紀、久しぶり。」

「あ、手品のお兄さんだ。」

友紀はそう七瀬に叫んだ。

「手品のお兄さん?あんた手品なんてできんの?」

「おう、よく覚えてたな、友紀。また見せてやろうか。」

「見たい、見たい。」

そう言って七瀬はソファーに腰掛けて、ポケットからコインを取り出し、インチキマジックショーを始めた。私はジュースをもって2階の自分の部屋で寛ぐことにした。しばらくすると友紀の喜ぶ声が聞こえた。マジックは成功したようだ。

「なあ、マリア。俺先戻ってやってるから。」

「もう行くの?まだ休んでいけばいいのに。」

「別に疲れてないし。お前は休みたいだけ休んでろ。また、明日もやるんだし。」

「そんなに焦ってすることないじゃん。」

「焦ってなんかないけど。体がそうさせるんだ。」

「そう。じゃあ、私ちょっと寝る。」

彼は部屋のドアを閉めようとしながら、

「お前の弟かわいいな。昔の俺そっくりだ。」

と言い残して階段を下りていった。

私は暑さのせいで体が思うように動かなくなっていたので、以前医者に言われたことを思い出し、
無理をしないように家で休むことにした。

それにしても男の子たちの力はすごい。
始めた当初は三ヶ月はかかりるだろうと予想していたガム取り作業もあと一週間もあれば終わりそうな気がした。

いったいどこから力が漲ってくるのか知りたい。